『Hot Pepperミラクル・ストーリー―リクルート式「楽しい事業」のつくり方』を読んだ

表題のままだが、『Hot Pepperミラクル・ストーリー―リクルート式「楽しい事業」のつくり方』を読んだ。

https://www.amazon.co.jp/dp/4492501835

 

2001年に創刊し瞬く間に浸透したホットペッパーの事業成長物語を綴った本である。

 

大変読みやすく素晴らしい。大学時代のサークルの後輩に送りつけたいくらいである。

事業を作ることに燃え、考え、設計し、ともに働く人が燃える。そんな話であった。

 

リクルートといえば営業の会社で、キツイどぶ板営業の代名詞がホットペッパーだ。(少なくとも僕の中では)

そのホットペッパーの見事な戦略と、著者のいう「企画坊や」では終わらないための、地に足の着いたノウハウがぎっしりと詰まった本であった。

 

何故ホットペッパーの事業が成長したか。

「構想力」と「メンバーの成長の促進」、この2つだと感じた。

 

ホットペッパーには前身となる事業があった。その名は「サンロクマル」。

その街の情報を360度全て載せた情報誌となることを目指した事業で各地域に裁量を任せていたが、

ターゲットはぼやけ、ノルマは厳しく、継続受注ができず、掲載料金の値引きが横行し、

怪しげなエステの広告ばかりが並ぶ赤字事業となってしまっていた。

 

ホットペッパー事業を考案した著者はこの事業の立て直しを引受け、

唯一黒字事業であった札幌版サンロクマルをベンチマークとして全国の規格を統一し、クライアントを飲食店に絞り、ノルマの意味を理解させ、値引きを禁止し、

見事にリクルートの主要事業へと成長させることができた。

 

この事業を数字に落とし込んだものが「構想力」だ。

著者は本の中でこのように言う

新版の場合は「見えないものを見に行くチカラ」が必要となる。それは構想力だ。(中略)

それは机上の空論ではなく、見たこともない、経験したこともないことをあるかのごとく描き出す力だ。それはたとえば新規の一つのお店を掲載に持ち込むための訪問内容と訪問回数の設計、初回単発掲載に終わらず3か月(3回)連続掲載を実現する方法。無料から有料掲載を実現する「ゼロ・半額・正価3号連続キャンペーン価格」という価格戦略の実現など、営業マンの営業行動の細部にわたるシミュレーションなど、こうすればきっと成功すると信じられる、バーチャルではあるがリアルな新版立ち上げモデルを描き出すことだった。やってみないとわからないものを、あたかもやってみたかのように描き出す構想力が必要だった。

 

さらにサンロクマルに関しては次のように言う。

『サンロクマル』には(中略)事業の目的がなかった。(中略)

なぜその件数が経営的に必要なのか?なぜその件数が読者に必要なのか?その件数を満たしたとき、読者はどんな行動を起こし、お店ではどんなことが起こり、街では何が起こるのか?これらのイメージが構成メンバーに伝えられていなかったのだ。

 

ここで注目すべきは数字の持つ意味をとことんまで落とし込んでいき、最終的に街に起こることまでをイメージする/ させることだ。

 

事業計画を立てたり、シミュレーションを行うときに、実際に数値を入れ込んで作る。

その時に、どこまで想像しているだろうか。

せいぜいが「この数字を達成できなければ競合に断然負けてしまっているため、取らなければならない」という相対化や

「これまでがこの数字を達成しているのだから、それ以上に成長するのだ」という過去実績ベースでの判断、

あるいは「この数字を入れるほどの成長を我々は目指すのだ」という根拠のない意志だったりするだろう。

 

この数字を達成したときに、会社はクライアントはユーザーはメンバーはどうなっているのか、逆説的にそれを達成するために必然的に帰結するものが数値である。

その落とし込みが「構想力」だ。

 

そしてホットペッパー事業で需要なものは「メンバーの成長の促進」だ。

こう書くとまるでイケイケベンチャーのスローガンのようだが、そうではない。

事業としてきちんと成長するためには論理的に必要不可欠な要素だったのだ。

 

ホットペッパーは物理的に離れ離れとなる47都道府県で展開するため、各地方で陣頭指揮を執る「版元長」を、いかに遠隔でマネジメントし、いかに中央が考えていることを忠実に実現させるかが重要である。

そしてかつ、彼らを中央の命令を実現するマシーンとするのではなく、命のともった人として扱い、ゆえにモチベーションを刺激し、成長させ、それによって各版元長が陣頭指揮をとるその地域の事業も成長させていくことが肝要であった。

 

一番最初の版元長会議で著者はこう言う。

「最初は中央集権でやる。やれと言ったら絶対にやれ。でも、やれと言われているからやれと言われたとおりにやるだけのバカになるな。言っておくが、会社とはそんな馬鹿を一生懸命量産する仕組みを考えているものだ。」

「なぜやれと言われるのかを考えながらやれ、やれと言われる背景にあるものは何か?を考えながらやり切れ。そうすればその構造がわかってくる。そして、やがて自分でその構造そのものを創れるようになれ」

 

「会社とはそんな馬鹿を一生懸命量産する仕組みを考えている」という発言がしびれる。

自分は都合よく量産されていないか?一度問うてみるべきだ。

 

また、求めるのは版元長だけではない。各地方の構成メンバーにも成長を求めた。

ホットペッパー』は営業の分業化を絶対にしなかった。(中略)

一人屋台方式が効率を上げる。自分の仕事がダイレクトに顧客の満足という成果につながる仕組みを壊してはならない。社内の効率性からではなく顧客との関係性から営業の仕組みは考えられなければならない。そして、人件費コストの面からではなく働く人のモチベーションの観点から営業の仕組みは考えられなければならない。仕事には複雑性があるから面白い。「自分で考え、決め、行動する」要素が仕事には必要だ。その要素を組み込んだ業務設計がマネジメントの責任だ。

 

「仕事には複雑性があるから面白い」とは至言である。

単純であれば作業となり、やる気をなくす。複雑であるから工夫とやりがいを感じる。仕組化というと「誰でもできるようにする」ということを目指しがちだが、そうではない。

求めるべきは、「誰でもやりがいを感じられる」ための仕組であるべきだったのだ。

 

働き方改革が叫ばれる昨今、業務効率化という名の下に複雑性を排除していないだろうか?仕事の面白さが損なわれると工夫が損なわれ、個人の成長が損なわれ、事業の成長が損なわれる。

 

ホットペッパーが成し得たことは、事業の目的を定め、地方に散らばる人材がそれらをかみしめてやりたいと思えるようにしていく過程を踏み、それを実現するための具体的手段として、一日20件の新規訪問という厳しいノルマを課した。

目的を理解すると「ノルマ」は目的ではなく手段となる。手段となるのであれば、人は忍耐をもって対応することができる。非常に簡単な事実ではあるが、世の企業で数字の意味を理解させるということを徹底することができている企業はどれだけいようか。それができたからこそ、意志を持ち、スキルを磨き、想いをもって活動し、個人が成長し、事業が成長した。見事なマネジメントである。

 

総じて、事業はアイデアで作るものではなく、人の気持ちが創るものであるという哲学が見え隠れする。

トップダウンで意思決定して一丸となる必要がありながら、意志を持ち工夫をこらすメンバーが必要で、現場で出てきた知恵は即座にボトムアップできる環境をつくり、そしてそれをノウハウ化してトップダウンで浸透させる。

 

ライフワークバランスが叫ばれる昨今からいうと、かなり旧時代的な印象をもつ部分も多々あるが、そこに隠れている哲学は決して無視をしてはならないと感じた。

 

この"アツい"事業創造の物語は、効率化が叫ばれる今だからこそ、中堅で会社に慣れてきた今だからこそ、読んでよかったと感じたのかもしれない。